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卒業論文 4)構成

2011年08月22日 18:45

最後に、論文の構成に付いて少し触れようと思います。
分野によって違うと思いますが、マネジメント領域における論文の
構成はたいてい以下の流れになっています。
(他の要素も色々あるんですが大事なところだけここでは触れます)

① Introduction
② Theoretical background
③ Research method
④ Results
⑤ Discussion
⑥ Conclusion
⑦ Reference

実際に論文を授業で読み始めれば分かることですが、この流れは非常に
多くの論文で踏襲されており、確立されたものです。逆に言えば、
読み手もそれに慣れている訳で、これに無理に反するのはあんまり効率が
いいとは言えなさそうです。

① Introductionでは、論文の領域、問い、アプローチ手法、論文の構成、
主張の概要などを示します。つまり、①を読めば、何がこの論文で展開され
ようとしているか大体分かるようにするのが大事だと、教官達が
強調してました。英語は結論が最初にくる言語ですので、その習わしに
きちんと沿ってくれ、でないと、ちゃんとした文章とは認めない
(思えない)、ということだと思います。

また、主要な概念、例えば僕の論文で言えば、リーダーシップ、文化等の
定義をしておく必要があります。人文科学領域では、こうした概念の定義が
非常に重要です。といういのも、リーダーシップ一つとっても人によって
いろんな定義がある訳で、どの意味でリーダーシップという言葉を使って
いるのかが分からないと、論文の読みようが無いのです。
なので、この定義を前提に全ての議論を立ち上げていくよ、と言う宣言を
イントロダクションで行っておく必要があります。

この辺りはエッセーとも共通するお作法ですので、パターン通りにやればいい、
と言う感じです。勿論、これは面白そう、という期待感を持たせるとか、
あ、こいつはきちんとこの領域のこと分かってるな、という雰囲気を感じ
させるとか、という意味で非常に重要なパートでもあります。


②は、関連する分野の既存研究のおさらいになります。これまでの研究から
はこんなことが言えてますね、とか、ここが未解決ですね、といった
レビューを行い、本論の準備とするパートです。

この部分で述べることは、その後の④⑤のパートで研究結果を分析し、
評価し、考察する上での基礎になりますから、そこで必要な枠組みや概念の
定義、理論の紹介、仮説の構築等をここで行うことになります。

勿論、②既存研究からの仮説はこうだけど、④実際に調べてみるとこうで、
⑤そのギャップはこういう理論で説明がつく、みたいな流れの論文も
多いですから、全部をカバーする必要は無いのだと思われます。

6000ワードの場合はこのパートを如何に必要最小限で、コンパクトに
密度高くまとめるかが結構大きな勝負になると思われます。


③はどうやって研究をやったか、の説明でして、実証研究であれば、
どんな情報を、どんなサンプルからどうやって入手し、どう分析したのか、
などを説明することになります。文献研究であれば、同じように、
どんな文献を抽出し、どう分析したか、を書くことになります。
ここはかなり事務的なパートですね。

リーディングで読む際には結構読み飛ばすことが多いですが、卒論の
場合は、「ちゃんと研究として成り立つようにやったか」も
評価対象になるんだろうと思われます。


④は研究から何が見つかったかです。僕の場合は、インタビューから
イギリス、中国のそれぞれについて、
 - 日本人駐在員が直面しているリーダーシップ発揮上のチャレンジ
 - その要因として語られたこと
をまとめ、さらに、②の文献調査と比較しながら⑤の考察まである程度
行う、と言う風な形にしました。

インタビューの場合、複数のコメントと既存の研究を組み合わせて、
結局何が起こっているのかを浮かび上がらせていくことになりますから、
④と⑤を分割して行うのがかなり難しく、指導教官に相談した結果、

-Results and Discussion 1) UK
-Results and Discussion 2) China

という章構成にすることになりました。いずれにせよ、このパートで、
②で設定した仮説が検証されたか、それ以外の結果はえられたか、
そして、それ以外の要素がどのように説明がつくか、をあらかた述べきる
と言うことになります。

インストラクションで教員が強調していたこととして、「Descriptiveに
書くのではなく、Analyticalに書け」ということがあげられます。
言い換えれば、こんなことが観察されました、ということでは不十分で、
それが「何故起きているのか」「どのように説明がつくのか」を書くこと
が必要だということでした。

⑤はまとめです。結局何をやって、何がわかったのかを簡単に振り返った
上で、この分かったことが何の示唆が得られるかを書きます。
企業実務上、この研究から明らかになったことはどのような意味があるか、
また、研究上ではどうか、ということを考察します。

また、研究に伴う限界に付いても簡単に触れるように、と言われています。
研究には、当然ながら限界がつきもので、例えば、サンプルが小さくて
この発見を「すべからくこうである」と一般化するには無理がある、
とかですね。その上で、今後の研究可能性として、この研究をさらに
発展させるとすればこういう研究を行っていくことが良いのではないか、
と示して終了です。

まあ、勿論、無くても良いのでしょうけども、多くの論文がそういう風に
成り立っているので、まあ、踏襲するのが無難ということで。

⑦はどんな論文にもつきものの、参考文献リストです。
実際に研究を初めてみると、論文を読んで、その論文で引用されている
論文を探して、とどんどん遡っていくことがよくあり、このリストの意味が
良くわかりました。研究がまさに、積み上がっていくものである、
ということを象徴するもの、と言えるでしょうね。

卒業論文 3)進め方 続き

2011年08月22日 18:14

さらに続きですが、①研究領域、②リサーチクエスチョンを考えつつ、
③リサーチ手法を考えていきます。

手法ですから、
 - 問いに答えるために、前述の実証研究、理論構築、文献研究の
   どのアプローチ(さらに細分化されますが)で取り組むか
 - 実証研究であれば、どんなデータを、誰から、どのように入手するか、
   また、どう分析するか
 - 理論構築であれば、どんな視点を示し、その妥当性を何で裏付けて
   いくか(他領域の理論や、既存の実証研究の結果とか)
 - 文献研究であれば、文献をどんな段取りでサーチ、リストアップし、
   どんな切り口で分類比較を行って行くか

といったあたりになると思います。

僕の場合は、リサーチクエスチョンは、
「日本人駐在員が海外拠点において直面する、リーダーシップ発揮上の
 チャレンジとはどのようなものか」
「それは、文化の違いによってどの程度説明がつくのか」
と設定しました。

そして、その上で、調査手法としては、当初は
「既存の文献から仮説を構築し、日系企業の欧州拠点において
 定量的サーベイを行う」ことを想定していたのですが、最終的には
「既存の文献から仮説を構築した上で、日系企業の欧州および中国拠点
 において、インタビュー調査を行う」ことになりました。

結果的には、既存の文献で語られていない様々な発見ができ、研究上の
独自の貢献がそれなりにできる論文にしあがった(と、自分では思って
いますが)ので、インタビュー調査で良かったといえば良かったです。
(サーベイという手法は、仮説として設定し、調査項目をおいたこと以上の
発見は不可能なのが特徴なのですが、インタビューは、想定外の発見が
可能な手法です。)


先ほども書きましたが、実証研究の場合、データの入手可能性がかなり
研究全体の制約条件になりますので、③から①②に逆戻りすることも
それなりにあり得ます。特に、企業から一次データを入手しようとする
場合は、結構早めに動いておく方が良いと思います。僕の場合も予想以上に
時間がかかりましたし。

さて、ここまでくれば④⑤は一気に進める活動になります。
④の場合は、インタビューやサーベイ、文献調査等を行い、
「観察されたこと」と「それを説明する観点、理論」をそろえて、
どんな流れで論文としてお話をまとめて行くかを考えていくことに
なります。

僕の場合は、イギリスでのインタビューは、3月くらいから
7月までかけてゆっくりしたペースで行いましたが、中国は距離が
あることもあり、6月末に1週間訪問し、まとめてどさっと行いました。

また、その後、インタビューのメモをまとめた上で、
 - 多くの人が共通して指摘している事象は何か
 - それらは、先行研究の示唆と合致しているか、していないか
 - していないとすれば、他のどんな説明が可能か

を考えていくのに2週間くらいを使ったと思います。自分なりに考えを
まとめた上で、指導教官とのディスカッションを数回、また、
関連する領域の知識を持っていそうな他の学生とも数回のミーティング
を持ち、追加の文献調査をする、といったあたりが内容になります。

指導教官からは、事象をどんな理論を引用して説明をつけていくかに
ついて色々なアイデアをもらい、追加の文献調査の方向性を示して
もらったと言う感じです。

また、中国の政治史を学部でやった学生とか、中国人で外資系勤務
経験が結構ある学生とかに話を聞いたのが結構役立ちました。
中国を専門に深堀する機会が授業の中でそれほど無かったので、
インタビューで聞いたことを紐解いたり、文献を探索していく
視点のヒントが得られたと思ってます。


さて、この段階で、盛り込むべき内容は全て揃っているはず(笑)
ですから、あとは⑤ひたすら分かりやすい流れで、分量に収まるように
書くだけです。逆に言えば、⑤に入る前に④をしっかりやっておかないと、
後から言いたいことが出てきたり、説明がつかないことが出てきたりして、
えらい目にあいます。(実際には、僕は一回結構な手術が必要に
なりました)

そして最後に、チェックです。これは同級生の中で同じような選択
科目をとっていて、前提になる知識を持っていそうな学生に読んでもらい、
感想をもらうのと、英語の文法チェックに出すのと二つを行いました。
文法チェックは、とにかくaとtheの漏れが多く(日本人が最も苦手と
するといわれてますが)、基本のできてなさにへこたれました。


以上が、大まかな流れになります。恐らく、実証研究、中でも
インタビューを軸にしたものにかなり限られる要素が多いと思いますので、
他のタイプの研究をされる方にはあんまり参考にならないかも
知れませんが、まあ雰囲気はこんな感じです。

(さらに続く)

卒業論文 2)進め方

2011年08月22日 17:38

さて、卒論の進め方についてですが、大まかには5つの
ステップからなります。

① どんな領域について研究するか決める
② リサーチクエスチョン(問い)を決める
③ リサーチ手法を設計する
④ 実際の調査を行う
⑤ 執筆する

卒論に関するインストラクションで教員達が強調していたのが、
②のリサーチクエスチョンです。問いに答えること、その過程で
新たな問いを見いだすことが研究の全てといっても過言では
ありませんから、その後の活動の全ての基礎になります。

以降、順に①から概要を述べます。

①については、何を扱うか、と言う話で、
 - 学問領域(マーケティングとか、ヒューマンリソースとか。
   実際にはさらに細かい領域で考える)
 - 業界や企業
 - 取り扱う事象(例えば新製品の導入とか)

といった風に幾つかの軸で、何をやるか決めていく、ということ
ですね。僕の場合は、
 - 人材・組織領域、特にCross Cultural Managementや、
   International Human Resource Management
 - 日本の多国籍企業
 - 海外拠点のパフォーマンスや人材育成、登用

と言った領域を考えていました。
これも結局のところ、データにアクセス可能か、ということで、
何をトピックにするかは変わり得ますので、①~③は行ったり
来たりの活動になります。


②について語るには、そもそも研究とは何なのかに触れる必要が
あります。いろんな論文を読んでて分かったのですが、本質的に
言えば、研究とは「特定の事象」と「その要因」がどのような関係で
つながっているのか、を明らかにする活動です。具体的に言えば、

 - なぜこんな現象が起きるのか
 - その要因はどのようなことか
 - 要因がどのようにして結果に結びつくのか
 - 複数の要因の中での相対的な強弱はどうなっているのか
 - 特定の現象がおきる場合と起きない場合の違いは何か

といったことですね。そして、こうした考察が一つ一つの研究で
行われ、積み上がっていくことで、理論として確立されていく、
と言う風にアカデミックの世界は成り立っています。

例えば、特定の企業で観察された事象-要因関係が、
他の多くの企業でも観察され、さらに、国を超えても同じように
観察されたとすれば、それは、広く認められた、かなり確からしい
理論である、という風に認められていく訳です。

ですから、リサーチクエスチョンを考えるためには、
①で考えた自分が扱う領域について、既に研究から明らかに
なっていることをレビューした上で、「何を事象として扱うか」
「何を要因として扱うか」と、「その関係をどのような枠組みで
説明しようとするか」を考えていく必要があります。

既存の理論が、今までに確認されていない領域でも当てはまるのか
を考えるとか、あるいは、相反する二つの理論のどちらが
確からしいのかを特定のサンプルで評価する、とかです。

結局のところ、説明が不能だったり、データで証明することが
不能な問いをたててもしょうがないので、半分くらいは③になりますが、
「それが研究可能なのか」ということを考えながら、これまた
行ったり来たりで問いを決めていくことになります。

また、そもそも「既に理論でかなり確からしく示されていること」
あるいは、「明らかに反証が存在すること」を頑張って研究しても
あんまり価値が無い場合が多いですから、②③の段階で既存の文献を
幅広く読んで、自分の研究が「独自の付加価値をもたらすことが
可能そうか」とか、「主張として成り立ちそうか」を考えておく方が
いいです。

かなり苦しい例としては、僕の友人で、8月の中旬に来て、決定的な
論文を見つけてしまい、そもそもリサーチクエスチョン自体を見直す
大手術が必要になるという恐ろしい状態に陥った人がいました。

これが、早く始めることをお勧めする理由です。僕の場合は、
1月、2月の段階で企業との接触を図りつつ、毎週水曜日の午前中を
ディサテーション準備の時間としてスケジュールを毎週押さえて、
よっぽど他の用事がない限り、その時間は文献を集めて読んで
整理する活動をしてました。

まあ、勿論実際には、本番でデータを集めて、研究を始めると
もっと広く深く調べる必要が出てくるのですが、コアになる文献を
早めに押さえておいたのは、手戻りが防げるという意味で非常に
効果的だったと思います。

(さらに続く)

卒業論文 1)研究のタイプ

2011年08月22日 17:08

さて、すっかり更新が滞っておりましたが、久々の更新です。
今日は卒論について書こうと思います。

MSc. Management, Organizations and Governanceでは、
卒論はハーフユニット、つまり半期の授業と同じ単位数になっています。
通常、卒論はフルユニットの場合が多いので、珍しいケースです。

フルユニットの場合は1万ないし1.2万ワードがワードリミットに
なっているケースが多いのですが、僕たちの場合は半分の6千ワードと
なっており、各分量が少ないです。

が、先日もちょうど同級生がフェースブックでぼやいていましたが、
分量が半分=労力も半分という訳ではありません。論文としての体裁と
深みをこの分量で持たせようとすると、如何にコンパクトに主張を
まとめるかの勝負になりますので、単に半分にする、ということでは
すみません。

締め切りは、殆どのコースが8月の下旬、ということで多くの学生が
6月中下旬に試験が終わって、ひとしきり遊ぶなり就職活動するなりして、
徐々にリサーチをしつつ、8月の中旬あたりからそろそろ本格的に
書き始めるか、という感じです。が、しかしこれはあんまり賢いやり方
とは言えません。後述しますが、

 - とにかく早く始める (できれば最初の学期に考え始める)
 - 一定のペースで考え続ける (例えば毎週2時間必ずやるとか)

という二つが、実は非常に重要です。インストラクションで教員から
そういう説明があったので、僕は素直にそういうものか、と思って
やりましたが、多くの人は試験が終わってから考え始め、時間切れの
ストレスの中で作業を進める、という、なかなかつらい状況に陥って
しまいがちのようです。


さて、卒論はエッセーと違い、自分で問いをたて、その問いに関して
リサーチを行い、論文としてまとめる必要があります。当然、「問い」
が大事な訳ですが、その前にどんな研究があり得るかを簡単にご紹介
しようと思います。

リサーチの手法としては大きく3つあるようです。雑駁なまとめですが。

① 実証研究
② 理論構築
③ 文献研究

①実証研究はその名の通り、過去の理論的蓄積をベースに仮説を立て、
それが実際にそうなっているかどうか実証し、更なる知見を発見するのが
目的になります。
何らかのデータを入手し(インタビュー等の調査を自分で行っても
良いですし、既存のデータベースを使うとか、色々ですね)、
既存の理論がうまく当てはまるのか、それらでは説明がつかないことが
見つかるか、見つかったとすればそれをどう説明するか、といった
検討を行います。

②理論構築は、卒論で行う人はあんまりいないかもしれませんが、
既存の研究をレビューした上で、新たな理論やフレームワークを
提唱すると言う物です。実際の論文を読んでいると、
多くの場合は、他の学問領域の理論を援用したりするパターンが
多いような印象があります。例えば、ダーウィンの進化論の枠組み
を知識創造やイノベーションに持ち込んだ、Campbel(1960)等
は典型的な例と言えます。

③文献研究は、特定の領域に付いて既存の研究を広く横断的に
レビューし、分析、比較、統合するものです。「結局のところ
この領域では何が分かっていて、何が未解決なのか」「研究に
よって矛盾する答えが出ている領域は何か」「手が付いていない
領域はどんなことか」といったことを考えたり、「複数の研究を
横並び比較することで新たな法則が見いだせないか」を考えたり
します。

僕の場合は、①実証研究を最初からやろうとしていました。
元々コンサルタントですので、サーベイやインタビューの設計や
実施、分析にもある程度自信がありましたし、日本に戻って
仕事を再開するにしても、海外で実際に手足を動かして調べた
事実が説得力を持つだろうと思っていたからです。

ただ、①をやるには、当然ながらデータへのアクセスが肝に
なります。何を研究するにしても結局のところデータにアクセス
できなければそこでスタックしてしまいます。場合によっては、
手に入る情報で検討が可能なように、研究のトピックや「問い」
そのものを見直す必要が出てくる場合もあります。

ですので、どうやって企業へのアクセスを確保するかが、かなり
重要な活動になりました。実際、去年の12月に初めて、確定したのが
今年の6月ですから、実に半年あまりをデータ確保のために
使っていた(まあ実際には授業受けたり試験準備したりの
合間ですからそんなにたくさんの時間は使えないのですが)という
ことになります。

幸い、日本で過去におつきあいがあったクライアントが偶然
ロンドンに駐在されていたり、自社の中国支社に協力が得られたり
したものですから、無事、充分なデータが確保できましたが、
当初とれると思って調査設計までしていたサーベイが急遽先方の
社内事情でできなくなったりと、色々な紆余曲折がありました。

実際、僕の同級生でも何人かはデータアクセスがどうしても
確保できず、7月に入ってから研究の設計自体をかなり見直さざる
を得なかったようです。

②はやはり、新しい視点を見いだし、枠組みを構築するのは
そんなに簡単なことではなく、③が比較的現実的な選択肢として
結構な割合の学生が取り組んでいるような感じがします。

(2に続きます)

LSEで学ぶことの価値とは何か

2011年07月15日 16:49

さて、いよいよ夏休みも中盤に入ってきました。試験もすっかり終わり、
残るはディサテーションです。学生達は8月末の締め切りを意識しつつ、
徐々にエンジンをかけていっているというところですね。図書館も試験シーズン
ほどは混んでいないものの、それなりに人がいる状況です。

このエントリーでは、LSEの教育の価値について考えてみようと思います。
勿論、他のイギリスの大学と共通の部分もあると思いますし、僕が日本の大学の
現状を知らない(もう10年以上前に卒業してますから)というのもありますので、
偏ったものの見方の可能性もありますが、そこはご容赦を。

僕がこの一年を過ごしてみて感じた、LSEのマスターレベルの教育環境の強みは
大きく分けて2つあります。


① 徹底的に自分で考えさせる

これまでのエントリーでも書いてきましたが、大量のリーディングが
与えられ、その上で、与えられるものを超えてオリジナルの思考をアウトプット
することが常に期待されます。反面、そのプロセス、つまり、どのように文献を
読み解き、どう整理し、自分のアウトプットとして行くかは殆ど学生に
委ねられています。

如何に、それが如実に現れていると感じる点を列挙してみますね。

■ いわゆる教科書を使わない。リーディングの主体は学術論文。
■ 広範なトピックを扱うのに、全体像やトピック間の関係をあえて説明しない
■ 教員が、学生の問いに対して、視点は示しても解を与えない
■ 常に、正解は無い、どう論じるか、の問題である、と言うスタンスで
  エッセー/試験が行われる

と言ったところでしょうか。

教科書を使うコースも全く無くはないのですが、多くの場合、学術論文や
ケーススタディが主体でした。この違いは何かというと、教科書は、様々な
ものの見方や理論が、整然と整理されているのに対して、学術論文では、
もちろんそんなことは行われていません。それぞれの論文がそれぞれの立場で
事象を分析し、検証し、語っている訳で、それらをどう相対的に位置づけるのか、
また、様々な学説の強みと弱みをどう理解するか、と言った点は基本的に
読み手に委ねられます。

二つ目の点はこれと関連しているのですが、僕が取った中で特に顕著だったのは、
MG426 Organizations in Economy and Societyでした。
このコースは通期のコースで、経済学、社会学、経営学からかなり幅広いトピック
を取り扱うのですが、各トピックや、そこで扱われるコンセプト群がどのように
関連し、全体像を形作っているのか、は最後まで明確には示されません。

恐らく、それは教員が示すものではなく、学生が自分で構築するべきものだ、
と考えて、あえて放置しているのだと思います。これは、僕の同級生達からは至って
不評でして、上半期が終わった時点、あるいはもしかすると下半期の途中でも、
コースに強い不満を感じている同級生はかなり沢山いました。何をやらされている
のか、さっぱり分からん、意味があるのか、という不満ですね。

しかし、試験の準備期間を経たのちに話していると、「このコースは素晴らしかった。
今になってみると良くわかる」というコメントが続出していたのです。
自分を振り返ってみてもそうですが、試験の準備を通じて、一つ一つの論文の内容を
咀嚼し、全体を俯瞰して統合するプロセスを自分でくぐり抜けることで、
ようやく、自分なりの深い理解に至る、という設計になっていました。

最後の二つの点も、こうしたスタンスを補強するものです。あくまでも、生徒が
自分で考えて、自分で論を立てる、という点で全体が一貫している印象があります。

ただ、これを、期中の生徒の不満を放置して、最後まで自分でやりきらせる、
という教育方針には、なかなか凄いものを感じます。
実際問題、色々な大学ランキングを見ていて気づくのは、LSEの学生満足度の
低さです。一方で、就職市場ではかなりな強さを誇っています。

様々な要因があるのでしょうが、恐らく、

「困難なお題を与えて、放置して自分で考えさせる」

 → 生徒は不満。もっと導いてほしい、効率よく学ばせてほしい
   と考える。時にはついていけない人も。

 → しかし、自分で考える力、批判的、統合的に思考する力、
   思考の持続力は間違いなくつく。企業からは魅力。

と言うことになっているのではないかと思うのです。


昨今の東大の改革に関する施策でも、「タフな東大生を育てる」というのが
改革の一つの柱になっていますが、知的タフさ、と言う点では、この、
厳しい課題を与えてあえて放置する「放置型教育スタイル」がかなり強い意味
を持っているのではないか、と感じています。

上にも書きましたが、それが何となくそうなっているのではなくて、意志を持って
敢えて選択した結果として、維持されている、ということがミソだと思います。
恐らく、長年学生からの不満の声は常にあるのだと思うのですが、
それでもなお、思想としてLSEの教育はこうなのだ、という信念が徹底されている
点に、すごみを感じます。



② 生徒の質の高さと多様性

これは、まあ論じるまでもないことではありますが、やっぱり大事です。

僕はもう30代中盤ですから、同級生のほとんどは20代前半~中盤と、かなりの
年下なのですが、スタディグループ等をやっていても、非常に鋭いアイデアや
突っ込みがかえってくることも多く、唸らされることがしばしばありました。

また、自律/自治という点でもかなりレベルが高く、上記のような放置される
状況下でも、それなりに自分を律して、勉強し続け、与えられたもの以外の論文も
自分で調べて読み、他の学生に考えをぶつけ、理解を深めていく、という姿勢は
感心するところが多かったです。
確かに考えてみれば、放置スタイルを取る以上、学生の質とその間の相互作用に、
学習はかなりの度合い依存している訳です。


多様性に関しては、勿論一般論として、いろんな国からの学生がいて面白いという
話はあるのですが、それ以上に、学んだ理論に対して、実際に自分の国では
こうなっている、自分の国の特徴はこういう風に解釈できると思う、といった会話が
できる点に価値があるのだと考えています。

例えば、僕が取っていたCross Cultural Managementと言うコースには、
同じプログラムからオランダ人、ドイツ人の同級生も参加していたのですが、彼らと、
実際問題オランダ人はどのように物事を捉えるのか、ドイツ人はどんな状況に
どう反応するのか、具体的に日本ではどのような現象が起きるのか、といった
ことを、かなり議論しました。ある意味、理論に肉付けしていく作業というか、
現実とつなぎ合わせていく作業をしていた、と言えると思います。

マネジメントのグローバル化と、その反面での、依然として世界中で文化や社会制度、
ビジネスの成り立ちに大きな違いがある、という現実を合わせて考えると、こうした、
「理論を学ぶ」+「様々な国の実情を踏まえて解釈し、考察する」と言うことの
価値はかなり大きなものがあるように感じます。勿論、ビジネス経験がある学生は
限られていますから、限界はあるのですが。


まとめると、「放置型教育スタイル」と「質が高く多様な学生群」がLSEの強みだ、
と言う話です。そして、それは恐らく、マネジメントに限った話ではなく、
どのプログラムでも同じような特徴があるのではないかと感じてます。

前者は、粘りよく自分で考え、枠組みを自ら生み出す力につながる訳で、
人事組織コンサルタントとしての視点で考えると、企業はそりゃ欲しくなるよな、
と思います。後者は、グローバル化しつつ、多様性も強く存在する今日の社会に即して、
理論と現実をつなぎ合わせる経験を可能にしてくれます。これもまた、
これから社会に出て行く学生には、非常に良い準備を与えてくれるように感じます。

今考えると、もっと早く来ておけば良かったなあ、と、
同時期に留学してきている若い留学生達がうらやましくなることもあります。
まあ、勿論、時代が違った、とか、そんな問題意識は無かった、ということも
あるので、たらればの話をしてもしょうがないのですが。

と、言うことで、今回は、LSEは中々素敵なところですよ、サバイバルは大変ですが、
というお話でした。


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