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ブレーマーハーフェンへ。

2010年12月29日 19:22

冬休みの小旅行、最後はブレーマーハーフェンという、北ドイツの港町に
向かいます。日本では海運会社の人以外、殆ど知らないであろうこの街、
実は神戸よりも取り扱い規模は大きく、世界的に有力な港街です。

そんなブレーマーハーフェンにやってきたのは、僕のフラットメイトの
U君の実家があるから。彼も里帰りしているため、せっかくの機会なので、
ドイツの普通の家庭のクリスマスの雰囲気を味わうべく、お邪魔したという
訳です。

ちなみに、日本と違い、ヨーロッパではクリスマスは家族が集まって
静かに過ごす時期でして、どちらかというと日本のお正月に近い雰囲気が
あります。みんなで24日にクリスマスミサに行って、その前後、数日は
家族全員が実家に帰ってきて、みんなでゆっくりすごして、ということですね。
僕が向かったのはクリスマス当日の25日。ケルンから電車で4時間くらいで
ブレーメンにつき、そこからさらに1時間かけてブレーマーハーフェンへ、
そして、U君に迎えにきてもらって、かれの家がある近郊の小さな街、
シッフドルフに車で移動です。

IMG_0209.jpg

この日もどかどかと雪が降りましたので、道は雪だらけ。ドイツ北部は殆ど
雪が降らない地域らしく、これだけ積もるのはかなり珍しいらしいです。


U君宅は、かなり独自の伝統を大切に維持しているご家族で、数々の
スペシャルメニューでお出迎えいただきました。
お父さんが趣味で猟をされるらしく、鹿の肉を使った料理をいただいたり、
また、お父さんの出身地域の伝統料理である、豚の頭の肉を塩こしょう、
スパイスで煮込んだもの(これはドイツでも相当レアな料理らしい)、
あとは、クリスマスに家族で作るというスパイス入りワイン+α等など。

あと、面白かったのは、ブレーマーハーフェンは港町のため、
魚を非常に良く食べる地域らしく、朝ご飯でもアジやサーモンの薫製が
出てきたり、街でも小さなエビとか魚をパンに挟んだサンドイッチが
売られていたりと、僕たちが普通に想像するドイツ料理とは全く違う
食文化がありました。実はドイツ国内ではブレーマーハーフェンは
「魚の街」という異名を持っているくらいらしく。

U君のお姉さんと彼氏も、今住んでいるバイエルン地方(ドイツの南東の
端っこの方で、オーストリアにかなり近い)から来ていたのですが、
気候の違いや食習慣、価値観の違いなどを話してると、ドイツといっても
地方によってかなり違うなあ、というのをかなり感じました。
日本よりも、もっと立法、行政が分権化されていて、さらに地域ごとに
大きな都市がいくつもあって、東京みたいに一極集中型ではない、
ということが、ドイツの地域ごとの多様性を生んでいるようです。

ドイツの食文化と言えばソーセージ、と思ってましたが、それだけじゃない
懐の深さを感じさせられる滞在でした。
(食べ物の話しばっかりですいません・・・・)


ちなみに、ブレーマーハーフェンは、元々は船作りが主産業だった地域
らしく、この10年かそこらは、人件費がよりやすい地域の脅威の中、
かなりの造船所が閉鎖され、経済的にはかなり苦しい時期を過ごした
らしいです。もちろん、世界でも有数のコンテナターミナル(車の輸出では
ドイツ最大)が産業としてあるのですが、現在さらに大きく二つの方向性で
産業再生を図っているらしく。

一つは観光、もう一つは風力発電プラントです。

観光に関しては、この港は、かつてはヨーロッパ、特にドイツと東欧から
アメリカへの移民の最大のポイントだったらしく、その歴史を紹介する
非常にすばらしい博物館を作り、その周囲の地域を再開発して、
ブレーメンやハンブルクなどの近郊の町に遊びにくる人たちを惹き付ける
という試みが行われています。食文化的にも上述の通り独自のものがある
ため、かなり有力なプランのように思われます。博物館は、数年前に
世界一すばらしい博物館、という表彰も受けており、実際、体感型の
非常に面白いよくねられた展示になっていて、かなーり、楽しかったです。

そしてもう一つ、風力発電プラントは、ドイツで現在進んでいる、
海上に巨大な風力発電所を作る、というプランの一貫とのことです。
大きな風車をつくる工場が港沿いにいくつも建設され、さらにはそれを
海上で設置する為に出荷する港の開発も始まっており、新しい産業を作り出して
地域を活性化しようという取り組みが急激に進んでいるなあという雰囲気を
感じました。

日本でも、産業転換は色々な地域で非常に問題になっているテーマだと
思いますが、地元の歴史と立地の強みを活かしたプロジェクトが動いていて、
僕の専門分野では全くないものの、なかなか興味深いケースだなあと
感じた次第です。
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ケルンでクリスマスミサに侵入。

2010年12月27日 03:20

さて、三日目はケルンに移動です。どか雪の影響は依然として厳しく、
電車はヨーロッパ中で大混乱していたようです。僕もアムステルダムから
ケルンに直行で行く国際特急を予約していたんですが、この影響を受けて
アムステルダムからドイツ国境のエメリッヒという駅まで普通の電車で
行って、そこから特急列車に乗り換えるはめになりました。
おかげで1時間くらい押したと思います。

が、まあ列車で隣の席に座ってた老紳士はなんと朝にオランダ西部の街を
出発して、遅延遅延で当初予約したケルン行きの列車に乗れなかった、
とのことなので、まあ僕はましな方でしょう。他にも、日本人の
ビジネスマンで当初予定していた帰国の飛行機が飛ばなくて、フランクフルト
からなら飛ぶから、ということでフランクフルトに列車で移動してる
人にあったりと、この冬は大変な思いをしている人がたくさんいそうです。

で、ケルンには4時半くらいに到着したんですが、ホテルは駅直結の安い
ビジネスホテルみたいなところを予約しておいたので、早速チェックインして
そもそもの目的である大聖堂を見学に出発です。

IMG_0173.jpg

この大聖堂は世界遺産にもなっているんですが、とにかくでかくて、
塔の高さは157mもあります。霞が関ビルよりも高いらしい。
そして、作るのに600年(まあ何度も途中で中断しているらしいですが)も
かかったというすごさ。

クリスマスは、キリスト教では聖なる夜ですので、クリスマスのミサがあります。
そのため、通常の見学はできないのですが、ミサに参加したい、という言い訳で
中に侵入しました。夕方のミサの後、深夜にもChristmas Messeという11時から
日をまたいで行われる特別なミサがあるので、それにも参加。
寒い中、実にたくさんの人が参列していて、生活にキリスト教が根付いている
ことを実感。

IMG_0191.jpg

そしてこれが中の様子。ゴシック建築なので、非常に空間が縦に広く、演出効果
ばっちりです。暗い中で祭壇がライトアップされると、非常に神秘的な雰囲気に
なります。中は実に寒く、まあ、大きすぎて暖房も効かないんでしょうが、
すきま風がひゅーひゅー吹く中での参列でしたので、非常に厳しいものがありました。

で、問題が一つ。
ドイツはクリスマスは家族で過ごすものだから店とか多分空いてないよ、
という警告はフラットメイトから受けていたのですが、恐ろしいことに
実際問題、駅前の中心街は全てしまっており、ほとんどレストランがやってません
でした。すごい。ただ、唯一やっていたのは中華。チャイニーズは営業してるん
ですねー。と、いうことで、なぜかケルンで中華で晩ご飯ということに
なったのでした。まあ、普通に旅行に行く人は大きい、レストランもある
ホテルに泊まるんでしょうけども、安旅行する時はご注意を。

アムステルダム観光 2日目。

2010年12月27日 03:03

2日目は、さすがに前日夜3時に寝たので、10時まで寝て、
ゆっくり目のスケジュールで出かけました。

行き先は、17から18世紀のオランダ派の作品の名品を大量に所蔵している
国立美術館(Rijksmuseumという名前ですが)です。
オランダは大航海期後半に世界の海を制していた海運国家で、日本も
もちろんその交易相手なわけですが、その時期に裕福な市民が一気に増え、
それに伴って芸術も多いに栄えたという歴史があります。
Golden Ageと色んなところに記述があったので、その時期がオランダ史の
一つの頂点だったという認識が広くあるようですね。

代表的な作家としては、フェルメール、レンブラントになるんですが、
それ以外にも美術史上、重要なのは、一般市民、といっても裕福な商人が
中心になりますが、のための芸術がヨーロッパ史上初めて栄えたという
ことです。ですから、肖像画も市民のものが多いですし、
いわゆる風景画、なんの変哲もない風景を描いた絵というのがたくさん現れます。

まあ、小難しい話は置いておいて、地味な作品がどうしても多くなるん
ですが、そうはいっても名品ぞろいということで、非常に充実した展示でした。
残念ながら改装中ということでしたが、名品だけ選んで展示されてて、
かえって回る効率はいいかもという感じもしました。

つぎは、ゴッホ美術館。ここは、その名のとおりファン・ゴッホの作品が
たくさんあるわけですが、併せて彼が影響を受けた芸術家の作品なども
展示されており、美術史上の彼の位置づけや、どのように独自の様式に
たどり着いたのかがよくわかる展示になっていて、これまたオススメです。

あとは、ガラッと色物になりますが、ハイネケン・エクスペリエンスへ。
これは、ハイネケン(アムステルダムが本拠なんですね)の歴史と、
品質へのこだわりをアピールする場ですが、中々展示も凝ってて、
いいかんじです。当然ですが、最後にビールの試飲などもついてます。
特に面白かったのは、映画におけるハイネケン。実にいろんな映画に
ハイネケンが出てて、ビックリしました。意図的にマーケティングとして
やっているんでしょうけど、007やマトリックスなどヒット作に
次々とハイネケンが出てくるのは関心しました。

最後は、オランダ料理を専門に出すレストランへ。はりきって、6品の
コースを頼みましたが、中々いずれもいい味で感心。ノリとしては、
フレンチの影響が強いなあと言う感じでした。オランダはそれほど
美食の国ではないと聞いていましたが、さすがにいい店に行けばうまい。
イギリスでも、一回この手の伝統的レストランに行ってみねばと
反省しました。

そして、お腹いっぱいになったところで散歩がてら街をフラフラと
さんぽして、仕上げにレッドライトディストリクトを見学して、
終了しました。いやあ、春とかの日差しの中で運河クルーズとかしに、
また来たいなあと思わせられる、良い街でした。
豊かだった歴史があるからか、全体的に綺麗で雰囲気がいいのが
いいですね。

小旅行;アムステルダム

2010年12月24日 06:59

今日からしばし勉強を休んで、冬のヨーロッパに小旅行に出かけています。
と、いっても頭からエッセーのことが完全に離れるわけでもなく、
移動時間も非常にたくさんある旅なので、いくつか論文と本は持ってきて
いたりしますが。と、いうわけで、しばし旅行記に変わります。

そういえば、旅に出かける直前に二回ほど我が家で鍋パーティを開催しました。
友達に声かけて、その友達がさらに友達を誘うという構造で、特に二回目は
10人になり、我が家のリビングは満員になりました。
不思議なもので、そんな日に限ってNorwichからたまたまロンドンに来てた
友達がいて飛び入り参加してくれたり。
しかし、鍋はいいですね。実に日本ぽい食べ物だと思いますが、
野菜がたっぷり取れるのがすばらしい。


さて、では旅行記になりますが、今日はアムステルダムにきております。
目的は、昔から大好きなジャズサックスプレイヤー、ハンス・ダルファーの
ライブを見ることです。彼は毎週水曜日にアムステルダムのJazz Cafe Alto
という店でやっているのですが、日本にはそんなに来ないので、
生は大学生の頃に一度見て以来です。

大雪の影響を受けて飛行機が遅れたり、街中雪だらけでトランクを
引っ張るのも苦労するなど、中々大変ではありましたが、無事到着して、
いい感じのレストランで晩御飯を食べて、ただいま現地で最前列の席を
確保して、十時の開演を待っているところです。
かなり小さな箱で、50席くらいでしょうか。渋い店です。そしてなんと
エントランスフィーは5ユーロ!安い・・・ブルーノートとは比べるのも
悪いくらいです。すばらしい。

ちなみにアムステルダムは海が近いだけあってシーフードが美味しい
みたいですね(ホテルのレセプションでオススメを聞いた以上の情報は
何もないんですが)。と、いうわけで夕食はシーフードレストランで
ムール貝のワイン蒸しとスズキ(っぽい魚。各論は忘れました)のポワレを
いただきました。久しぶりに美味しいもの食べたーという感じがします。
いや、まあ、旅行なので、いつもより全然高いもの食べてはいるん
ですけどね。

と、書いてるうちに、ダルファー登場です。さあ、楽しい音楽の時間
の始まりです。

(4時間後)

いやはや、すっかりライブを楽しみました。25分くらいの小休止を挟んで、
全4セット。実に良い感じのライブでした。ダルファーだけでなく、
トランペット、ピアノ、ベース、ドラム、全員が実に良いプレイヤーで、
最高のライブでした。いやあ、あらためて、これが5ユーロ+酒代で楽しめるとは
アムステルダムの若者がうらやましい。日本人の皆さんにも、まじでおすすめです。

結局2時まですっかり楽しんで、ホテルまで歩いて帰りましたが、
まあ、殆ど問題なく帰れました。女の子も含めて、若者がうろうろしてて、
2時でも全然平気な感じですね、アムステルダムは。

9週目から10週目。そして冬休み。卒論の準備にとりかかる。

2010年12月22日 08:39

以前にも書いた記憶がありますが、LSEでは卒論をdissertationと言います。
プログラムによってfull unitだったりhalf unitだったりして、規模感は
違いますが、うちのプログラムではhalf unit(0.5単位)で、6000ワードと
なっています。

これに向けては、自分でテーマを決めて、スーパーバイザーの先生を
つけてもらって、研究を進める、ということになります。僕は大学では
卒論を書いてない(なかった)ので、始めての経験です。まあ、
コンサルティングの経験が根本的には活かせるとは思うのですが。

僕の関心は、日本企業がこれから世界に出てどう活躍していくのか、という
ことなので、その中でも、文化的なギャップを日本人マネジャーが
どう乗り越えていくのか、というところに光を当てようと考えています。
数ヶ月授業を受けていても、やはり欧米の考え方と日本の考え方は
かなり違う、そして、日本のマネジメントのありようやビジネス界の
ありようも全然違う、ということがありますので、いったい何が
適応のキーなのか、ということにはかなり関心があります。

と、いうことで、Cross cultural managementの教員である
Dr. Hyun-Jung Leeに何回かお話をして、スーパーバイザーを引き受けて
貰うことを快諾してもらったというところまでは以前に書きましたが、
学期終わりと休みの最初の1週間で、さらに、
・研究仮説と調査モデルを先行研究を基に大まかにデザインする
・日本企業のヨーロッパ支社にお邪魔して、調査協力の協力を得る
ということをやりました。

来学期は今学期よりもさらに授業が増えることもあり、かなりキツい
ことが予想されましたので、早めに進めておきたいな、ということで
こういう風にした次第です。

幸い、モデルについても先生の合意がさっくりと貰え、調査についても、
昔日本でお客様だった某銀行の方の協力をいただけ、
ヨーロッパの管理系の執行役員の方のOKも取れましたので、
まずは一段落というところ。具体的に何人からどんなデータが取れるかが
そうはいっても研究の制約条件になりますので、あとは各論を
制約の中で考えていく、という感じになります。

やはり、コンサルの経験があるのは活きますね。
個人的には、このデータは研究だけでなくて、戻った後の仕事に使う
ことも想定しているので、できるだけ良い感じのデータが取れるよう
頑張ってすすめたいところです。


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